親父からの電話
数日前のこと、親父から電話が掛かってきた。
「酒を飲もう」
というお誘いの電話だった。
俺は「気分じゃない」と断った。
どうせ説教されるんだ。早く結婚しろ、とか。
偉そうに一方的なことを言ってくるだけで、俺の話しなんかハナから聞く耳を持っちゃいないだろう。そんな相手と酒なんか飲んでもちっとも楽しくない。
そう訴えると、親父は「説教なんかしない。人には色々な人生があることもわかってる」と言った。
俺は苦笑いを浮かべて思った。…よく言うよ、と。
これより以前、俺はふと、親父という人間について考えたことがあった。
思えば親父は子育てに積極的ではなかった。教育は全て母任せ。一緒に遊びにいったことも片手で数えるほどしかない。
母親に対しても愛情を感じたことは皆無ではないが、少なかった。
他人のことが嫌いではないが、興味もない。そんな人なのに…
俺は疑問を抱いた。
この人はなんで結婚したのだろう?
答えはすぐに出た。
世間体。
それしかなかった。
別に母に恋をしていたわけでも子供がほしかったわけでも家庭に憧れていたわけでもない。
人様に恥じぬ生き様、それを叶えるためだけに親父は結婚したのだ。
仕事が好きで、それだけ。読書すること以外に趣味らしい趣味もない。
誰にも恥じぬまともな人生を歩んできた――これだけを誇りに生きてきた人。
しかし、とはいえ、これは悪いことではない。
みんなそんなもんだ、と思う。
責められる謂れはないだろう。
だけど親父は自分の生き様に絶対の自信を持っていて、人の生き方にコレという固定観念を持っている。
頭の中はカッチカチに凝り固まっているのだ。
そんな親父に、人の生き方の多様性など理解できるはずがない。
口では「人には色々な人生が~」などとほざくが、俺はまったく信用していない。
理解など無理だと思っているし、まぁ、無理だろう。
不可能だ。
俺は親父に「会うのは、まぁ、そのうち、気が向いたらね」と言って、電話を切った。